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お昼にドネルが食べたい

ココログの新着記事一覧を見ていたら気になるエントリーが…タイトルはその名も「ケバブ普及振興会」(ブログ"THINK-ALOUD"より)。ちょうどお腹が空いてて気になってしょうがない。

エントリーによると札幌にドネルケバブの屋台が現れたとのこと。着実に日本中にドネルケバブの屋台が広がってる感じだなぁ。

あぁ、今すぐそのドネルケバブ食べに行きたい!けど、ここは関東北部だし。辿りつくまで何時間掛かるか…

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ヨーロッパ音楽シーンでトルコがブーム?

Milliyet Internetの記事より

Yunanistan'ı Osmanlı kültürü zirveye taşıdı

İspanyol basını, 21 Mayıs'ta Ukrayna'nın başkenti Kiev'de yapılan Eurovision Şarkı Yarışması için 'Osmanlı Şarkı Yarışması' benzetmesini yaptı. Eurovision'un şarkı, enstrüman, ritim ve danslarıyla her geçen yıl daha fazla 'Osmanlı kültür şovuna' dönüştüğünü öne süren İspanyollar, Doğu Avrupa ülkelerinin yarışmada 1. olmasını da Türklerin bu bölgede 400 yıldan fazla kalmasına bağladı.

Hep Osmanlı motifleri

Ülkenin önde gelen gazetelerinden ABC, Yunanistan'ın 1. olmasının tek nedeninin 'Türk kültürü' olduğunu yazdı. Yunanlıların ritim, dans ve şovlarıyla tüm Avrupa'ya bir Osmanlı şöleni yaşattığını açıklayan gazete, Romanya, Arnavutluk, Sırbistan, Bosna Hersek ve Bulgaristan'ın da şarkılarında sürekli Osmanlı motiflerine rastlandığını yazdı.

"Türkler neden bu kadar Avrupalı olmaya çalışıyor ki? Bıraksınlar, zaten Avrupa bu şarkı yarışmasıyla Türkiyeli olmaya başladı" cümlesiyle Avrupa'nın giderek Doğu'ya kaydığı analizini yapan gazete, Batı Avrupa'da müziğin çöktüğünü de savundu. Gazete, bu analizine delil olarak da Fransa, İspanya, İngiltere ve Almanya'nın Eurovision'da aldığı düşük puanları gösterdi.

ギリシャをオスマン文化が首位に押し上げた

スペインのマスコミには、5月21日にウクライナの首都キエフで行われたユーロビジョン・ソング・コンテストが「オスマン歌謡コンテスト」に見えていた。ユーロビジョンの歌・楽器・リズムそしてダンスが前の年よりもさらに「オスマン文化ショー」に戻ったと表現したスペインのマスコミは、ヨーロッパ東部の国々がコンテストで1番になったことをトルコ人たちが400年以上そこにいたことと結び付けている。

すべてオスマン帝国風

大手新聞紙ABCは、ギリシャが首位になったことの唯一の原因が「トルコ文化」だと記事にしている。ギリシャのリズム・ダンスそしてショーで全ヨーロッパにオスマン帝国の宴がよみがえったと新聞は表現し、ルーマニア・アルバニア・セルビア=ヘルツェゴビナそしてブルガリアの歌も続けてオスマン帝国風に見受けられたと記事にしている。

「トルコはなぜあれほどヨーロッパになりたがるか?と言っていたら、実はヨーロッパがこのコンテストでトルコになり始めていた」と言うフレーズでヨーロッパが次第に東へスライドしていると新聞は分析し、西ヨーロッパで音楽が落ち込んでいる事情を説明した。新聞はこの分析の証拠としてフランス・スペイン・イギリスそしてドイツがユーロビジョンで取った点数の低いことを挙げている。

確かに東ヨーロッパの南側は日本の時代区分で言えば室町時代辺りから大正時代までずーっとオスマン帝国の領土の一部だった訳で、ギリシャとかブルガリアなんかは料理もトルコと似てるのが結構有名だし、トルコっぽい音楽が出てきても何ら不思議なことはないんだけど、一気に揃ったみたいになったというのは何か他の理由がありそうだよなぁ。

ひょっとしたら前々回のユーロビジョン2003でセルタブが優勝したこととか、今年のチャンピオンズリーグの決勝がイスタンブールで開催されることとかが関係してるかな?いまいちよく判らない。

ところでトルコは?って、公式ページで調べたら13位だった。低っ!
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ていうかこの人、ギュルセレンって誰だ?スイスの「バニラ忍者」ってのも気になるぞ!

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今一番気になる映画

夕べ、テレ東でShowBiz Countdownを見てたら、久々に見てみたいと思わせる映画が紹介されてた。5月15日付けの全米興行成績Top10で1位になってるThe Hitchhiker's Guide to the Galaxyっていう映画がそれ。(ちなみに8位にカンフーハッスルが入ってた。いいねぇ)

予告編しか流れてなかったけど、初っ端から「宇宙ハイウェーの建設のために地球を爆破します」って地球が地上げ屋(?)の宇宙人に消滅されてしまった。今まで見なかったパターンに思わず「地球なくなったら、生き残ったヤツは何処に行くんだよ!」って色々想像してしまった。こりゃ完全にハマッた。

どうやら、イギリスで1970年代後半にラジオドラマとして放送されたものが原作らしい。さらに調べたところ1980年代初めに「銀河ヒッチハイク・ガイド」として日本語版の文庫本が出ていた!だけど既に絶版。うわぁ、読みてぇ。

日本公開はというと…今年の秋らしい。もうチョット早くならないかなぁ。

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下手すると事故になりそなアレ

最近原付を乗り回すようになって気になっていることが一つ増えた。それは車のウィンカーの点くタイミングの遅さ。原付に乗っていなかったときには気にならなかったけど、一緒に車道を走るようになってからあのタイミングの遅さが危なっかしくてしょうがないと思うようになった。これって関東地方だけなのかなぁ?

よく見かけるのは交差点の2~3m手前でイキナリ左ウィンカーを点けて曲がっていく車。ホント危なくって、SmartDioのブレーキ性能が悪かったら何度ぶつかってるか…
運転免許を取るときに、右折や左折をする時には手前から余裕を持ってウィンカーを点けて、周りのドライバーに知らせなきゃいけないと習ったはずだけど、そ~んなに余裕がないんだろうかねぇ?交差点に止まっていても、発進するまでウィンカーを出さない車もよく見かける訳だからそういうことじゃないんだろうけど。

いずれにせよ、この手のドライバーって道にはいろんな車や人が行き交っている現実も自分が事故を起こす(自分に事故が起きる)かも知れないっていうリスクも運転に慣れちゃって意識から消えかけてるんじゃないだろうか?

このエントリを見てそれを思い出すドライバーが一人でも増えてくれるといいんだけどなぁ。

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そうだ、旅に出よう!(その5)

5日目。ついに休暇最後の日。朝食前にシャワーの時に顔を見ると、見事に日焼けしていた…2日間、日光浴び続けてたようなもんだし。

ホテルを出て、水戸で一番有名な偕楽園周辺に向かう。昨日、散々街中を巡っていただけに今日は迷わない。偕楽園の公園の奥に徳川博物館というのがあるらしく、まずそこに行ってみた。

徳川博物館には水戸徳川家の子孫の所蔵品が公開されていて、水戸光圀の杖から最近の当主が持っていた外車まで展示されていた。テレビの水戸黄門で使用された台本や杖も見られたが、本物の徳川光圀の杖はテレビの様に太くなくて直径2~3cmの長い木の枝だった。さすがの石坂浩二もこれは真似しなかったんだなぁ…

次に、偕楽園に向かう。偕楽園公園の駐車場の方から行くと、丘の上へ階段をず~っと上っていくことに…好文亭というところに辿り着くころにはちょっとくたばりそうになった。好文亭は水戸斉昭が庶民と老人会を開いたりしていた場所らしく、つつじの花が咲いて趣きあるところで、その老人会の開かれていた部屋の襖三枚には今でも漢文の上平声とか入声などの声調ごとに分けられた漢字の一覧が書かれているのが残っている。当時、どんな人達がそこにいたのか興味を湧かせてくれる。

十分知的好奇心を動かしたところでお腹がすいてきたので、昼食の時間に。常磐神社横のレストハウスで食べる。ざる梅うどん890円。うどんの中に梅が入っているらしく、ピンク色の麺が珍しい。梅干の果肉も少し付いていて、うどんつゆの中に水戸名物の納豆も入っている。それぞれ食べると美味いんだけど、まとまると正直微妙な感じ…メニューには納豆アイスっていうのもあったなぁ。

昼食後は庭園になっているところで散歩をする。偕楽園といえば梅だけどシーズンは終わっていて、今はツツジと藤の花がキレイに咲き誇っていた。
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こういう自然と庭園と歴史のある公園があって、水戸の人って幸せだよなぁ。 羨ましい。

少々名残惜しくも今日中に家に着くため、水戸を離れることにする。ひたすら国道6号を土浦方面へ走り続ける。まるで高速道路の様に続く6号の道にもだんだん慣れてきていた。土浦で今度は国道125号に乗り換え西を目指す。またもや太陽に向かって走っているので、光が顔に当たって痛い。

そうするうちにつくば・下妻を過ぎ、だんだんと懐かしい風景が現れてくる。古河で再び国道4号に乗り換え、ついに自宅に向かった。たった4~5日間離れていただけなのに、何でこんなに懐かしく思えるんだろう?

それにしても、SmartDioは全部で往復約800kmの自分の運転によく耐えてくれたと思う。今回の旅では三回も対向の右折車にぶつかりそうになったり、二度右を走ってた左折車に当たりそうになったり、何kmもある上り坂を走ったり、50km/h以上で下り坂を走っていると夜行性のパンダちゃんが上がって来るのが見えて急に減速したり(福島県ではホントよく遭遇したなぁ…)…SamrtDio買ってから今までなかったくらいムチャな運転してたなぁ。それでいて無傷でいられたのはこのマシンのおかげかも。感謝感謝!

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そうだ、旅に出よう!(その4)

ホテルを出て、再び6号を水戸方面へ走る。水戸までは95kmくらいしかない。今までの距離に比べるとすごく短かそうに感じた。

3~40km走り続けると再び海が見えてくる。日差しが強くて、まるで夏の海みたいだ。昨日の夜の海とは全然雰囲気が違うし、走っていて気持ちよかったぁ。
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名前もわからない海岸で少し休憩。水平線が少し丸く曲がって見えた。

さらに走っていくと、勿来という町に入った。この町は白河の関と並ぶ古い関の一つ「勿来の関」のあった場所だ。6号の道端に大きな石造りの関所の門があったりする。勿来という地名って、知らないと絶対に読めないよなぁと思いつつさらに先に進む。

さらにしばらく走っていくと日立市の手前で案内表示に「鵜の岬」というのを見付けた。6号から外れて向かっていくと豪華ホテルのような建物が出てきた。どうやら国民宿舎らしいが、ちょっと豪華すぎないか?案内の看板などによると、その横に断崖絶壁があって、そこが鵜飼の鵜を捕まえる場所とのことだった。豪華なホテルとは対照的にすごく険しい所だ。
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しかも、ここの鵜は全国の鵜飼で使われていて、ここでしか捕ってはいけないとのこと。その上、鵜を捕ってもいい人は全国でもここに2人しかいない。 スゴッ!長良川の鵜飼の鵜もその2人が捕ったということなのかぁ?
ちょうどそこでお昼時になったので、店を探す。近くに鵜喜鵜喜(うきうき)というズッコケそうな名前の物産センターがあったので、その中の蕎麦屋で昼食にする。ざる蕎麦と天ぷら450円。天ぷらは地元の野菜と海で取れた青海苔で作ったかき揚げとのこと。蕎麦も地元で作っているらしい。お店はかなりショボい雰囲気だけど、出すものは美味い。特に天ぷらが美味かった。満足満足!

さらに走って、日立市に入ったところで少し6号から逸れて行くことにする。小一時間行くと原子力発電所で有名な東海村に着いた。ここにある原子力科学館に行ってみたんだが、中は太陽や宇宙のことから放射線の利用方法まで想像以上の展示が揃っていた。とはいえ日本科学未来館には適わないし…出来れば動燃が起こしたあの過去の事件のことも展示されてればよかったのに…
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特にクラウドチェンバー(霧箱)が目を引いた。クラウドチェンバーというのはアルコールの蒸気で過冷却という状態で一杯に満たした箱なんだけど、その中に電気を帯びている素粒子などが通ると軌跡が見えるようになっている。上からずっと見ているといろんな方向から白い軌跡がスーッと現れては消えて、またスーッと現れては消えていた。本でしか知らなかった装置だっただけに、これはかなりの感動モノだったなぁ。
さらに展示の中を進んでいくとビデオライブラリのようなものがあって、そこで意外なものを発見してしまった。原子力の利用の説明資料の中に「季節が変わる時」というドラマのビデオが…主演は藤崎奈々子で、今までにない感じの放射線医療の解説ビデオだと紹介されていた。「えっ、藤崎奈々子?」と思いつつ再生してみると、放射線治療についてきちんと解説しているドラマになっていてヒジョーに判りやすい。ただ問題は主役の演技が…まぁ、いつもこんなものか?確かに今までにない感じの解説ビデオだった。

なかなか面白いものを見て満足しつつ、再び6号に戻って水戸を目指す。

水戸には夕方に到着。早速今夜の宿の手配を済ませる。チェックインまでの間街中を探索していたんだけど、水戸の駅前から出た通りがいつの間にか常磐線に平行に走っているという街の造りに方向感覚がおかしくなってしまい、ホテルを探すのに手間取ってしまった。

夕食はとん楽という店で食べる。
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非常に賑わっている店で、常にお客さんで一杯だった。上三色かつ定食1,550円を注文。味噌かつ・みぞれかつ・チーズかつが一皿に乗っている。味噌かつのタレの味が何とも言い尽くせない味わいがあって非常に美味。メニューの中には水戸だけに納豆かつというのもあった。次の機会があれば食べてみたい。

その後ホテルに戻り、眠る。

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そうだ、旅に出よう!(その3)

3日目。9時台に起きてしまってかなり焦った。さっさとシャワーを浴びてチェックアウトを済ませる。

ホテルを出た後、仙台の喫茶店でMapFan Webの地図を見ながら今日どこに行こうか考えていた。選択肢は次のとおり。

  1. このまま岩手方向に進む。
  2. 仙台周辺でぶらぶらした後、4号で福島方面に戻る。
  3. 仙台周辺でぶらぶらした後、6号でいわき方面に戻る。

休暇が4日までということ、岩手までの距離、ここまでの経験の3つから考えて1番は即却下に。2も再びあの起伏はちょっと…という感じになっていたので、3番にすることに決めた。そこで、仙台周辺で行ったことのない場所を探してみると、松島海岸というのが目に入ってきた。さっそくそこに向うことに。…とはいえちょっと走り疲れもまだ回復していないので、JRで行くことにした。

外に出ると非常に心地よい風が吹いてくる。仙台の街は、ちょっと街路樹のタネとかが飛び回ってたりするけど、涼しくてとても居心地がいい。個人的には仙台って日本のどの都市よりも快適にすごせる街だと思う。

JRにのって30分ほどで、松島海岸に着く。ここは観光地独特の賑やかさがスゴい。仙台とは大違いだなぁ。観光船のチケット売り場やみやげ物を売っている店の声と人の多さに圧倒されそうになる。しばらく港近くの公園をぶらぶら歩いたり、みやげ物店などをひやかしたりしながら、観瀾亭と松島博物館というところに向かう。博物館はかなりショボいけど、観瀾亭は安土桃山時代の茶室のある建物だそうで、小高いところにあるので松島の風景を一望できる。非常に眺めがいい。
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しばらく景色を堪能して、またみやげ物店を覗いてまわる。途中、ズンダと餡子の串団子を食べる。2本190円。まあまあの味かなぁ。

気がつくと、13時半近くになっていたので仙台に戻る。再びSmartDioに乗って今度は南に。岩沼で給油後、4号から6号に乗り換え、亘理方面へ向う。国道6号には4号のような大きな起伏はないものの向い風や横風がキツい。

原町市を越えたくらいから、日がどんどん暮れ始めてきた。太陽の光が少しまぶしい。途中、左のずーっと奥にちょっとだけ海が見え隠れしているのを見つけながら走り続け、夜の森という所の近くを過ぎる頃には、まさに夜になっていた。

いわき市が近づいて、山道が終わると急にトンネルと海沿いの道に様相が変わった。走り疲れた原付で、トラックに追いかけられながらトンネルをくぐって行くのはかなりツラい。左側には波しぶきだけが見える不気味な暗い海が広がっているし…走っていてものすごい不安感タップリだった。

やっとのことでいわき市に入ることが出来たものの、いわき市が大きすぎてなかなか中心部に辿り着けない。人気の少ない寂しげな国道をひたすら1時間以上走り続けてやっといわき駅前に着いたときには、さすがにちょっと涙が出そうになった。

ホテルを見つけてチェックインした頃には腰が悲鳴を上げていたので、仕方なく出歩くことはなく夕食はコンビニ弁当で済ませた。

あぁ、今日の食事は団子と弁当だけかぁ…

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そうだ、旅に出よう!(その2)

朝起きるとちょっと頭がふらふらしていた。昨日いつもの道の4~5倍の距離を走ったせいからだろうか?

ホテルで朝食を摂った後、SmartDioに給油し、再び黒磯・福島方向に向けて4号線を北上していく。時々、バイパスの様になっている道路を避けて、わざと市街地を通っていったので、那須塩原駅付近を通るまでは比較的安心して走り続けていた。ちょうど氏家から那須の辺りまでが今桜の季節のようで、まさに走っている最中は桜吹雪になっていた。

でも、福島県が近づくほど今までになかった上り坂と下り坂の連続するようになってきた。原付が壊れるんじゃないかと心配になったものの何とか持ちこたえてくれたようで、これが「4サイクルエンジンの強みか?」とちょっと感心する。

途中、白河に到着したので、休憩がてら「白河の関」を見に行こうとちょっと寄り道。

街中に入っていって道順が少しはっきりしなくなってきたので、地元の人に聞いて見たんだけど、「すいません、判らないんです」とツレナい答えが…「うそ~っ?何で?」という気持ちのまま、コンビニの地図で調べたところ、なんと隣の町にあることが判明。そりゃ、判らなくっても当然かも。

急ぎ、その方向に進路変更する。

しばらくしてその途上に、南湖公園と言うのが目の前に現れる。ここはツツジか桃か何かの花が途轍もなく咲き乱れていて、驚くほど美しい景色になっていた。(写真では一部しか写ってないけど、右の方に数100m花が続いている!!)
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そこから、一つ山を越えていくと目指す白河の関が出てきた。もう少し東海道の新居の関所のようなものを想像していたんだけど、残っていたものは石碑だった。
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隣の公園に江戸時代の関所らしき建物があったもののちょっと説得力の足りないものだった。その公園で昼食のざるそばを食べる。料金は600円。お土産で売っているだけあって、なかなか美味い。

走り疲れもだいぶ軽くなってきたので、再び4号に戻って走りだした。

福島県内の起伏はそのあとも激しかったので、途中郡山の近くでバイパスを通らずに市街を通ってやりすごそうと思ったのに、起伏がなくなった代わりに渋滞にハマってしまう始末。結局福島ぐらいまでは起伏か渋滞かのどちらかの波状攻撃みたいなものだった。

気がつくと宇都宮からすでに100km近く走っていて、だんだん日も暮れかかって来ていた。福島を通り過ぎた後、今日の宿を何処にするのか困っていた。福島に戻るべきか、次の白石か、はたまた仙台か…福島はその時点ではUターンすることも出来そうになく断念。残りの二つのどちらにするか考えてきたら、頭の中に牛タンが…もう仙台に行くしかなかった。

しかし、宮城県の白石に入ったぐらいから雲行きがかなり怪しくなってきていた。その時点で仙台まで約50kmちょっと…かなりの不安と臀部の痛みが自分を襲ってきた。途中再度の給油といくつかのコンビニで騙し騙し座り疲れを取りながら走っていくと、途中から延々と下り坂が続く道が現れた。何時までたっても下り続けている。ということは、自分は今までそのくらい高いところを走っていた訳で。かなり爽快!

暗くなってからやっと仙台の隣の名取というところに到着した頃、急に冷えた風が吹いてくる。そろそろかと思っていたらやっぱり雨が降り出してきた。今回は傘も合羽も持っていないので、これはかなりヤバかった。急いで仙台の街を目指す。

で、やっと19時半ごろ到着、4号線の300kmポイントも通り過ぎてきたので、原付の距離計を見てみると、今日1日で200km以上走っていた。もう腰が砕けそうだった。

とはいえ、お腹もすいていたので、急いでホテルとSmartDioの預け場所を探し、手続きを済ませ、牛タン屋さんを探す。

見つけたのは、牛タンの一仙という店。牛タン焼定食1,500円を食べる。
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牛タンは見た目ちょっと細かめに切られているけど、割と肉厚になっていた。それでいて柔らかというのにちょっと驚いた。味はちょっとあっさり目。もっと濃くてもよかったかも。一緒に付いてくるテールスープも美味かった。でもこっちはもうちょっと薄味でもよかったかも。

牛タンにタン堪能しながら、2日目の床に就く。

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